名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1544号 判決 1950年11月29日
被告人
近藤政蔵
外三名
主文
原判決を破棄する。
被告人近藤政蔵、同小林伊兵衛を各懲役八月に、
同小林直三を懲役六月に、同池田平次郎を懲役三月に各処する。
領置に係る現金、金三千百円(証第六号)金二千七百円(証第八号)金二千五百円
(証第十号)はいづれも之を没収する。
理由
原審検察官の論旨第一(弁護人長井源の論旨第二)について。
(イ) 原判決が本件控訴事実中被告人等が候補者堀木謙三の出納責任者である佐島敬愛の文書による承諾を得ないで本件の買収費を支出した事実を所論のように論旨摘録の理由で罪とならないと判示していることは記録上明らかであるが、公職選挙法第百八十七条第一項は適法な費用の支出の場合にのみ適用せられ買収費のような違法な支出の場合にはその適用がないものと解するのが正当であつて、これと異る見解に基く原審検察官の論旨は之を採用しない。
(ロ) 弁護人田村稔の論旨一について案ずるに所論のように被告人等の原判示第一、第二の各所為を刑法第四十五条前段の併合罪であるとして法令の適用を示していることは記録上明らかなところである。而して公職選挙法第二百二十一条第一項第一号所定の供与罪は各供与の所為毎に各別に独立した一罪を構成し従つて数箇の供与の所為は刑法第四十五条前段の併合罪となるものと解するのが正当で所論のように右各所為が包括一罪を構成するものと解することはできないので論旨は之を採用しない。
(本件は量刑不当により破棄自判)
(検察官の控訴趣意)
第一、原判決は公職選挙法第百八十七条第一項の解釈適用を誤つた違法な判決である。
原判決が本件公訴事実中被告人等が候補者堀木謙三の出納責任者である佐島敬愛の文書による承諾を得ないで本件の買収費を支出した事実に対して「公職選挙法第百八十七条第一項にいわゆる出納責任者の文書による承諾を得てする選挙運動に関する支出とは適法な選挙運動の支出を謂うのであつて、本件買収費の如き不法な費用の支出を含まないと解すべきであるから、結局罪とならない」と判示したのは同条の解釈を誤つたものであつて、同条第一項の「選挙運動に関する支出」とは夫れが所謂実費の辨償たると将また所謂投票の買収費たるとを問はず苟も選挙運動の為になされた支出なる以上凡て之を含むものと解すべきである。
之の点に関し旧大審院は民事事件の判例ではあるが公職選挙法第百九十八条に相当する衆議院議員選挙法第百三条の「選挙費用の支出の意義に関し、買収費の如き違法の支出をも含むと解する判例(昭和三年フ第一三号昭和四年十二月二十三日判決)と刑事判例として公職選挙法第百八十七条に相当する衆議院議員選挙法第百一条の「選挙運動の費用」につき原判決と同趣旨の判例(昭和十二年れ第四七五号同年六月三十日第五刑事部言渡)とがあるも元来同一章下の同一文辞の意義に関し相反する解釈を下すことは許されざる所であり、法が選挙費用の額及びその支出方法に関して制限を設けた所以のものは金力により選挙の自由と公正とが侵害されるのを防止するにあるを以て選挙に関する費用である以上その適法たると不適法たるを問はざるものと解するのが正当であつて右民事判例の解釈が立法の趣旨に副うものであると信ずる。
而して衆議院議員選挙法をうけて立法された公職選挙法第百八十七条第一項第百九十八条の「選挙費用」の意義も之を統一的に解すべきであるから若も原判決の如く解するときは、策を弄する候補者は予め第三者と相謀りその者をして処罰を受けしめる危険を冐して投票の買収をなさしめる虞なしとしない。斯くては、選挙の自由と公正をモツトーとして制定せられた公職選挙法も之の一点より崩壊し立法の全趣旨を没却せしめる結果を生ずるを以て本法の解釈としても前記民事判例と同趣旨に関するのが正当である。
(弁護人田村稔の控訴趣意)
一、原判決は法令の適用を誤り且其誤りが判決に影響を及ぼす事が明かであるから破棄さるべきであると信ずる。
蓋し原判決は其法条適用の部に於て、前略、被告人近藤政蔵、小林伊兵衛、小林直三の判示第一の(イ)乃至(チ)及第二の(イ)乃至(ホ)の罪並に被告人池田平次郎の判示第二の(イ)乃至(ホ)の罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、第十条に則り犯情の重い前者については判示第一の(イ)の罪の刑に、後者については判示第二の(イ)の罪の刑に各法定の加重をした刑期範囲内で被告人等を夫々主文第一項記載の如く量刑処断し云々と判示している。
然し乍ら判示第一の(イ)乃至(チ)及判示第二の(イ)乃至(ホ)の各所為は被告人等が候補者堀木謙三を当選せしめる事を目的としたもので而も第一の(イ)乃至(チ)の各所為は同時に同一場所に於て為され又第二の(イ)乃至(ホ)の所為も又之と同様である即ち之等の各所為は堀木謙三を当選せしめる唯一の目的の為めに反覆されたるものにして観念的に包括的一罪を構成するものに過ぎないのであつて決して独立したる数罪なりと解する事は出来ないと思ふ。然るに原判決は併合罪を以て処断し刑の加重をなしているから此法令の適用の誤りが判決に影響を及ぼすから破棄を免れないと思ふ。同趣旨の判例を次に引例致して置きます。
大審院大正十年(れ)第二〇二九号
同 明治四十一年(れ)第五〇四号
同 昭和九年(れ)第三二号
同 昭和十年(れ)第二四四号
同 大正五年(れ)第二八〇七号
何れも判例体系自第四四〇頁至第四四二頁
(註 本件は量刑不当により破棄自判)